★アラハバキと縄文時代
アラハバキ大神威を調べていたら、縄文時代とアラハバキの関係について考察されているサイトを発見。
最古の文明といわれているのがシュメールで6500年前。
日本で出土している縄文土器が1万6500年前。
1万年も前に、縄文人は高度な土器を作っていた。
そして海を渡り、エクアドルーインディオの地で縄文土器を伝えている。
なぜ海を渡ったか。
海底火山大爆発で主食の栗がなくなり、火山灰で住めなくなり…。
その自然への畏怖が、アラハバキ神となったのではないかと。
ハハは蛇。ハハキは蛇と木。それが顕れでアラハバキと。
そこに渡来の出雲系・天孫系がやってきて自分たちの神を祀るため、もともとの神は客人(マロウド)神となり。
http://nakaosodansitu.blog21.fc2.com/blog-entry-2530.html
そして繋がりで読んだ縄文人が蛇を大事に祀ることについての考察も面白かった。
命がけの出産で子を失ったとき、子宮型の土器に亡骸を入れ葬った。
また生まれてきてくれるようにと。
その子宮を模写したものがスグレモノで、とても真剣に命を繋ぐということを意識していたのではないか、と。
その子宮を精妙に観察しているときに妊娠中に亡くなった母の胎内から小さい胎児の姿を見て、勾玉として大切にしたのではないか。
その小さい姿が蛇に似ていることから、蛇を神(生命)として尊重することがあっても不思議ではない、と。
だから弥生以前の神は蛇であることが多く、大きいものはオオモノのヌシと呼ばれ。
それを後の渡来系の人々は貶める意味合いで、ヤマタノオロチなど退治するべき存在として描き、でも祟りが怖いので隅っこに祀り…。
http://nakaosodansitu.blog21.fc2.com/blog-entry-2529.html
渡来系の人々が悪いわけでもなくて、自分たちの主張をすればそうなるだろう(権力の構造上)ということは想像できる。
ただ、その以前にも歴史があったことを現代の私たちは知っていてもいい時代になってきたのだと思う。
その時代の人々がどういう想いで神を祀っていたのかを。
後の人の手によって隠されたり貶められたものを。
1万6500年の歴史がある中で、西暦700年代(1300年前)に書かれたものが唯一の歴史書とする世界観は終わりを告げてもいい時期かもしれないね。
…ひとつ余計な話を(笑)
白山とアラハバキの関係を調べていて、伊勢白山道がヒットしたので(仕方なくw)覗いてみた。
そうしたらリーマンの言葉遣いが…(-_-;)
国ちゃんのことを出雲系の親玉って書いてたんですよ。
親玉って、あーだこーだとアマテラスに不敬を働くなって言うてる人が親玉って。唯一神信仰じゃあるまいし。信者もマネして親玉という言葉を使ってるし、あーはなりたくはない。
国ちゃんと親玉とどちらが不敬なのかについて、国ちゃんは愛たっぷりの表現、親玉は???の違いですw
だいたいアマテラスを調べて行けば誰でもアマテラスが唯一の最高神ではないことくらいは簡単にわかりますよね。その裏にいろいろ作為的な意図が隠されていることも。
なので、ますます西暦700年代に藤原家が推進した記紀に基くアマテラスのみを推奨するスタンスにもっと違和感が募ったのでした。
チャンチャン♪(爆)
| 固定リンク
この記事へのコメントは終了しました。


コメント