★嫌いと苦手は違う
ここで改めて書いておきたいと思います。
少々誤解を生む発言が最近やたら多いので、おそらく誤解されている方もいらっしゃるかと思うので。
私、こんなんばっかりや。
独りよがりはイカンよのぅ(笑)
なので少しご説明をばw
嫌いというのは、存在自体をも否定したくなる思いが含まれます。
苦手というのは、存在自体はまったく否定する気持ちは含まれていないけれども、波長が合わないなぁと感じるということです。
私は誰に対しても、もう「嫌い」という思いはほとんど持っていません。
誰がどのように存在していても、そのままでいいと感じています。
ほんとに。
この人生で最大に嫌いだった人さえも、その存在を否定する気持ちはもう失せました。どこかでがんばって生きてたらいいなぁ~という気持ちです。
以前はオマエなど生きてる資格もない!とっとと死ね!普通に死ぬな!どん底で死ね!なんて思ってたけどね。
(以前のブログはこういうことを平気で書いてた(笑))
黒い!そうです私は腹黒ですが、それが何か?
そして今、あるのは波長が合わない、というものだけです。
それはただ、事実としてあるだけで、良いも悪いもないです。
苦手~!と言っていたとすれば、それは文字通り「苦手」なだけです。
存在に対する否定感はまったく含まれていません。
そこに存在していも、まったく構いません。
自己を表現して、楽しそうに生きている姿は好ましく見えます。
ただ、私の持つ波長とは不協和音を奏でてしまうので、近づかない(do not)というだけです。あるいは近づけない(can not)ということです。
得手不得手があるように、ピアノを弾くのは得意だけど太鼓をたたくのは不得意とか。泳ぐのは得意だけど走るのは苦手とか、それくらいの感覚です。
合う、合わない。
そこに否定感はありません。
太鼓も走るのも、あっていいと思っています。
私が苦手だと感じる人が、存在していてもいいと思っています。
どうぞここんとこ誤解のないように、よろしくでございます(笑)
なんの弁明をしてんのやワシは…(´-`;)
なぜこのような釈明記事のようなものを書いているのかといえば、昨日久しぶりにふと、「魔法の杖」という本を開いてみたのです。それはインスピレーションで開いたページの言葉を読むというものなんですが。
そこには、「周りの人の気持ちも考えるように」と書かれていましたw
あはは~( ̄∀ ̄;)
まぁそういうことなので、書いてる次第ですw
事態と本がシンクロしてるでしょ…。
なので、ちょい以前に書いた「波動の共鳴・非共鳴」というのも、波動が合わないものに合わせるのはもう無理…ということ。
たとえば、マラソンが苦手なのに無理して走っても楽しくないように。
たとえば、きゅうりが苦手なのに無理して食べても美味しくないように。
波長が合わない事柄に無理して合わせても、幸せを感じられない。
そういうことを、言わんとしておりました。
おわかりいただけますでしょうか。
そこには、何をも否定する気持ちはまったく含まれておりませんことを、ここに重ねて記しておきます。
ごめんね。
気分を悪くしている人がいるとしたら、ごめんなさい。
なにぶん独りよがりな性格なもので、そこんとこお許しください♪
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