★思いつくまま羅列!
私の体感感覚がおかしいのかどうなのか、そこらへんは定かではないのだけれども、暑い。
何がって職場が。
今夜はとっても寒いくらいに冷え込んでいることはちゃんとわかる。
だがしかし暑いのだよ職場が。
でも、お客さんも上着着てるし、スタッフも暑いっちゃ暑いですけど…くらいのお返事。
え?私だけ?
しかもなんだか空気が濃密。
水中を歩いている…というと大げさなんだけど、少し厚みを増した空気の層の中を移動しているような圧力っていうか、2Gくらいになった感じ?
かと思えば今度はなんだかふわふわして頭を上から引っ張られてるような、足元危ない感じになってくるしさー。
なんか不安定なのです。
お任せですけど。
そして食生活も、少し変で(前からだけど)。
なんだかいきなりニンジンを食べたくなって、1本そのまま丸かじり。
あー美味しい♪と馬気分で平らげました。
似るとか蒸すとか、火を通したくなかったのですYO。
昨日はパイナップル4分の1個食べたしね。
今は「そのまま」を好んでいるようですw
それともう手に負えないほど時間の経つのが速い、早すぎる。
えええっ!!と驚くほど早くないですか?
1時間が10~20分くらいの感覚。さっき休憩に行ったと思った子がもう戻ってきてる、え?1時間休憩した?って聞きながら時計を見ると、ちゃんと1時間進んでる…
ついこないだ北海道に行ったと思ってたらもう20日も過ぎてる。
あれぇぇ??って感じです。
なんだか自分では掴みどころがない感じになってきてますが、それもまたオモロイので、どうなっていくのか楽しみでもあります。
で。
今日の瞑想のとき、以前「とてつもなくでっかいメジャー」で見せてもらったメジャーの別バージョンが見えてきて。
そして問われました。
「どの段階の自分でどの段階の相手と一緒にいることを望むのか」と。
どんな段階でも選択できる。相手も自分も大きなメジャーだ。すべての設定が自由だ。
もうちょっと詳しく明確にわかっていたんだけど、もう忘れちった。
なんかそんなイメージでした。
それは自分も周りの人々も物事も、全部メジャーになっていて、上から下までメモリがあって、それらがバラバラに動くのではなく、自分のメモリを上下させると周りのメモリも一斉に上下して、その、自分のいるメモリのシチュエーションで周りは組み立てられていく。
下の方に下げれば、彼とは文句の言い合いをして心と裏腹なことばかりを言い、仕事では散々な目にあってよろしくない客ばかり、誰ともまったく理解しあえないどんより暗くて重苦しい世界。
メモリの上の方に行けば、彼とも見つめ合って笑いあって幸せいっぱいで、仕事というくくりではなく好きだ楽しいって思えることに熱中して、誰に会ってもニコニコ言葉がなくても通じ合って、白くてホワホワしていて明るくて優しい光に満ちた世界。
まぁどうして毎回彼さんが出てくるかと言えば、ここ数日私の中でこんなような上下をしていたから…なので、それをわかりやすく見せてくれたのでしょう。
パラレルワールドという言葉だと、平行して層になった世界が重なっている(それらは別々のバラバラ)という感覚でとらえられていたんだけど、以前見せてもらった巨大なメジャーだと、あぁぁなるほど!ってとっても解り易かった。
自分が変われば周りも変わるっていうとなんだか抽象的だけども、映像としてメモリの上下だと、そのメモリの場所の自分が体感している世界を覗き見れるので、ほほぅ…と。
自分の波長が変わると周りにいる人たちと波長が合わなくなって疎遠になっていくというよりは、自分の波長の合うところにいる「その人」が、そこに存在しているという感じ。
自分のメモリにそって相手もそのメモリにいる部分の人として存在しているから。
毎回例にして申し訳ないけどたとえば彼さん。
どんよりな世界にいる彼さんと一緒にいるのは、やはりどんよりした私。
キラキラの世界にいる彼さんと一緒にいるのは、やはりキラキラした私。
どんな状況が展開していくかは、想像に難くないよね。
自分が巨大なメジャーに乗っかってるんだもん、全員乗っかってるよね。
だから相手にもバリエーションがあり、自分にもバリエがある。
どのバリエを選ぶか、ってことだね。
そりゃ、やっぱココは最高最善!でしょw
今目の前に具体的に展開している世界は、まだ少し見えづらいけど、なんとなくその片鱗は見えている。
そうなっていくって感じがする。
具体的に、物理的にそうなっていく。
昔はどんよりした世界に、私の自我はいた。
でももうその世界に意識をフォーカスすることはない。
なので、この自我にとってはそのメモリの私は見えない。
今の自我の見えている世界が、この自我にとっては実存する世界。
あえて自分を自我と呼んでいるけども、一人称だと全体をも含む感じがするのでね。
だって全体を貫いている巨大なメジャーが私なんだもん。
自我というのは意識をフォーカスしている地点のことだね。
意識をフォーカスさせず全体を体感すると自我が消える。
瞑想中が、これにあたる感じがする。
だけども私という意識、自分を認識する意識はある(深く入るとそれも消えるけど)。
それはメジャー全体を指している感じなのかもしれない。
あ、それと、いきなり全然関係ないのですが。
黄色のアミアミ、あれってアカシックなのかもね!と感じました。
全体を繋ぐネットワークのようなもの。
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コメント
おはよございます


えーと、記事のとおりのことを目下体験中
ネガです。
救いは、玄侑宗久さんの「荘子」本!
「こだわり」とか「思い込み」を捨てて、活動の場でひとと一緒にいるときは、何も「望まない」、「ありのままを」「受容する」ように心がけております。
たしか中学生のときに、寮生活をしていた頃に寮の管理人の先生から、「今ある低いレベルの交遊関係から高いレベルの交遊関係に至るまでの間、孤独な状況に入ることがある云々」というお話を伺いました。
mieさんの記事を読んでいたら、そんなことを思い出して、先にあるはずの、次の段階のことを思い出して、今の状況が通過点であることを思い出しました!
まあ、楽になった訳です

ときどき、タイムリーな話題を出してくださることに感謝です(^ω^)
それと、彼さんは限りある貴重ーな「資源」ですので、大切にしてくだされ(;^_^Aと、申し上げても、ありのままでしたね(笑)
投稿: MASSIVE | 2011年10月26日 (水) 08時15分
MASSIVEさん♪
先生、いいことおっしゃいますね!
私もそんな経験、しましたよ。
今までの交友関係が一切合財全部途切れて、新しい出会いに満ちた世界になる。
そしてね、今の自分とリンクするのは、たぶん自分が必要だと感じる所に行くからですよ~。
なので、自分の感性に感謝!ですかね☆(笑)
昨日、彼さんに「あなたは貴重な資源なのよ」と伝えておきました。
その貴重な資源は「はぁ?」と答えてましたが、大事にします・・・(爆)
投稿: mie | 2011年10月27日 (木) 09時40分
じゃあ俺も?
俺もなのか???(笑)フフフ
投稿: みーくん | 2011年10月27日 (木) 17時40分
みーくんさん♪
うん、そうだと思うよ。
で、その未来が来ると思うも思わないも貴方次第。
思えば来るし、思わなければ来ない。
単純で簡単な仕組みでしょ?
投稿: mie | 2011年10月27日 (木) 21時15分